大学浪人の時代、 僕は受験勉強を放り出した、 鬱々とした毎日だった、 この時期、 生来の体質とかかわる、 慢性の呼吸器病が悪化していた、 その数年前、 かかりつけの医者は、両親に、 「20歳前後までだと思って下さい」 と、引導を渡していた、 その年の3月25日、 僕は18歳になっていた、 1浪で入学すれば2年になる直前に20歳を迎える、 大学に入っても仕方がないではないか、 捨鉢な気持ちになっていた、 自分の通っている予備校には行かなくなり、 高校同期が通っている、 あちこちの予備校を訪れては、 そこの授業に潜り込んで昼寝していた、 放浪の変形だったのかな、 死んじまおうか、 ふっと踏切に飛び込みたくなったこともある、 腹をすかせて入った蕎麦屋で、 日本シリーズの第4戦をやっていた、 巨人が3連勝し、その試合に勝てば、 巨人が優勝する、 誰もが巨人の4連勝を確信していた、 対戦チームの西鉄ライオンズは、 稲尾投手が投げていた、 そのときの僕には、 たんたんと投げているように見えたが、 ときおり、顔に朱が走り、 仁王の形相になった、 えっ、勝ったの、 気がついたときは、 西鉄が勝っていた、 残りの3試合も、 すべて、その蕎麦屋で観戦した、 試合経過は思い出そうとしても、 よく思い出せない、 たんたんと投げる稲尾、 顔に朱を走らせて投げる稲尾、 その2人の稲尾しか残らなかった、 それは1人の稲尾が持つ両輪なのだろう、 気がついたら西鉄は4連勝していた、 たんたんと投げる稲尾に、 何があってもそれがおれの負わされた運命だったら、 受け入れるぞ、といった、 究極の自然体を感じた、 顔に朱を走らせた稲尾に、 ここは何が何でもやらねばならぬ、 という正念場の凄みを感じた、 そういうことか、 と僕の心のなかで何かが頷いた、 その秋から受験勉強を本格的にやり、 第2志望の大学受験には成功した、 大学に入っての僕は、 ボディビル道場に通ったり、 重労働のアルバイトに従事して、 自分の体をいじめた、 それで完全に壊れる体だったら、 それだけのことだったのだから、 仕方がないではないか、 と開き直ったためだ、 結果は丁と出た、 この病気は完治はしない、 しかし、病状を固め、 症状を気にならない程度に軽快させてくれた、 そして、 今日に至っている、 昨日の田中将大投手に、 稲尾に感じたものと同質のものを感じた、 ただ、たんたんという雰囲気はなかった、 押さえ込もう、 といつも正面切っての勝負に出ている、 まーくんは7戦までもつれれば、 あと2戦には投げるに違いない、 きっと、 たんたんとして見える雰囲気も滲ませるだろう、 そうなったら、 楽天の優勝は間違いなしだ。
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